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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)7211号 判決 1982年10月19日

原告 武田章

右訴訟代理人弁護士 中西克夫

被告 福島印刷工業株式会社

右代表者代表取締役 福島治久

右訴訟代理人弁護士 石井成一

同 小沢優一

同 小田木毅

同 桜井修平

同 阿部正史

同 水谷直樹

同 加藤美智子

主文

一  被告は原告に対し、金六二万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年八月七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告

1  被告は原告に対し、金一六〇〇万円及びこれに対する昭和五四年八月七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、武田紙工の商号で、個人経営によりグラビア印刷物の巻取、大断加工業を行っていたもの、被告は各種印刷全般を業とする資本金六〇〇〇万円の株式会社である。

2  原告は、昭和三九年頃、被告との間に、継続的に巻取印刷物を大断加工する契約を締結した(以下「本件大断加工契約」という。)。

原告はそれ以来、被告に専属する大断加工の下請業者として被告の生産工程に組み込まれ、被告の指示のもとに、被告が原告方に搬入した印刷巻取原紙を定められた納期までに大断加工し、立揃えして包装したうえ、次の工程の打ち抜き加工業者に搬入するという作業を継続的に行っていた。

右加工代金の支払については、当月末締切り翌月二〇日払の約となっていた。

3  ところで、原告が被告から受注を受けていたのは、訴外花王石鹸株式会社(以下「花王石鹸」という。)の製品ハミングのラベルの大断加工であり、そのうち八割方がハミング大型ボトル(以下「ハミング(大)」という。)で、他にハミング中型ボトル(以下「ハミング(中)」という。)などの注文も少量あった。

ところが、昭和五三年一二月末頃から急激にハミング(大)の大断加工の受注量が減じたので、被告に質したところ、ハミング(大)の注文が他社にとられ原告に発注できない旨の説明であったため、原告は一家の死活問題である所以を説明し、スリット加工(巻取原紙のままの切断加工)で補ってくれるよう要望し、その了承を得たうえ、翌昭和五四年一月八日、年始挨拶に被告方に赴いた折、被告常盤台工場長及び宮沢保作業課長の両名と面談し、今後は原反のスリット加工を継続的に原告に発注する旨の確約を取り付け、同年二月一〇日、前記宮沢との間で、継続的に被告の発注を受けスリット加工を行う旨の契約(以下「本件スリット加工契約」という。)を締結した。もっとも契約の具体的内容は、それまでの実績を前提とすることを当然のこととして了解したうえ、原告がその所有のスリッター機を補修して、それを使用できる状態になったときに改めて取り決めることが合意された。

4  しかるに、被告の鈴木靖夫資材課長は、同年三月一五日、原告に対し口頭で「スリット加工をあてにしては困る」旨述べて、原告に何ら責に帰すべき事由がないのに本件スリット加工契約を一方的に解約する旨の意思表示をし、取引を中止するに至った。

ところで、原告は、前記のとおり被告に専属する大断加工業者として長年月大断加工に必要な機械器具を整備し、継続的に被告の発注を受けその指示に従い右加工をなし製品を納入してきたものであり、その経済的基盤は全く被告に依存し、従属的立場におかれている。このような元請、下請の間の継続的契約関係にある当事者間においては、公平の原則ないし信義誠実の原則により解約権の行使は制限され、元請側は相当の予告期間を設けるか相当の損失補償をなさない限り、已むを得ない特段の事由がなければ一方的に解約することは許されないと解される。

したがって、継続的契約関係である本件大断加工契約に代替する本件スリット加工契約の右予告期間もなく損失補償もしない被告による前記一方的解約は不当であり、被告は右解約によって取引関係を中止したことにより蒙った後記損害を賠償する責任がある。

6  仮に本件スリット加工契約の成立が認められないとすれば、被告は本件大断加工契約を前項記載の措置を全くとらず一方的に解約し、取引関係を中止したことになるから、いずれにしても前項の場合と同様に後記損害を賠償する責任がある。

7  なおまた、仮に取引中止の債務不履行による損害賠償が認められないとしても、被告の前記一方的な解約は極めて不当で違法であり、これによって原告の継続的契約関係における利益を著しく侵害したから、不法行為に基づく損害賠償としても、同じく後記損害を賠償する責任がある。

8  損害

(一) 原告は、昭和五四年一月八日、被告から前記のとおりスリット加工発注の内諾を得たので、スリッター機の補修整備を業者に依頼しその代金九〇万円を支払った。しかし被告の前記一方的解約によりその投資が無に帰した。

(二) 原告は被告から一方的に解約されるまで一か月平均三〇万円の収入を得ていたから、大断加工もしくはスリット加工を引続き行えば、将来とも右収入を下らない収益をあげ得べきところ、右解約によりこれが得られなくなった。印刷業界は系列化が厳しく、原告が他の業者から受注して右程度の収益を上げるまでには少くとも五年を要するので、その五年間の得べかりし利益は金一八〇〇万円となるが、ホフマン式計算法により商事法定利率年六分の中間利息を控除して一時に請求し得る金額を計算すると、金一五三三万三四八〇円となる。原告は、内金一五一〇万円の損害賠償を求める。

9  よって、原告は被告に対し、主位的に債務不履行、予備的に不法行為による損害賠償として合計金一六〇〇万円及びこれに対する昭和五四年八月七日から完済まで商事法定利息年六分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告と被告との間にハミング(大)の大断加工の取引が長年月続けられていたこと、加工代金の支払方法については認めるが、その余は否認する。右のように大断加工の取引が続けられていた事実があるだけで、被告が継続取引を義務付けられるような本件大断加工契約なるものは存在しない。

3  同3の事実のうち、原告主張の頃、被告が原告に対し大断加工の代りにスリット加工の発注を了承したり、確約したこと、本件スリット加工契約を締結したことは否認するが、その余は認める。被告ではスリット加工の需要が全くないのでその外注を約束するはずがなく、ただ原反メーカーにスリット加工の仕事があれば紹介するという程度の話をしたにすぎない。そもそも宮沢作業課長には原告主張のような契約を締結する権限はない。

4  同4の事実のうち、被告が原告主張の日頃以降原告と取引していないことは認めるが、その余は否認する。

5  同5ないし7の事実及び主張は争う。

6  同6の事実につき、(一)の事実のうち、原告がスリッター機の補修整備を業者に依頼し、代金九〇万円支払ったことは不知、その余は否認する。(二)の事実は否認する。原告が被告と取引を中止するまでの昭和五〇年から同五三年までの四年間における原、被告間の取引による原告の収入の月平均額は金二一万七〇一八円にすぎない。しかもこれは粗利益である。また仮に逸失利益を賠償すべきであるとしても、その期間は特別な事情があった場合でもせいぜい一年程度の期間に限るというべきである。

三  被告の抗弁

被告が原告との間の大断加工の取引を中止したのは次のような事情によるものであり、已むを得ない事由があるから、原告主張の債務不履行責任を負ういわれはない。

1  被告は、創業以来グラビア印刷等の巻取印刷は行っておらず、したがって巻取印刷に特有の加工工程である大断加工も行っていなかった。しかし被告は、訴外凸版印刷工業株式会社(以下「凸版印刷」という。)から巻取印刷とは異なるオフセット印刷によるハミング裏ラベルの印刷加工を既に下請していたことから、昭和三九年頃、グラビア印刷によるハミング(大)の表ラベルの印刷加工をもセットとして併せ下請することになり、表ラベルについてはその印刷加工工程がないことから全て外注によることにし、大断加工は凸版印刷の紹介で同社の下請をしていた原告に外注するようになった。

その後被告は、凸版の依頼で同社に代りハミングラベル全体について凸版グループのボトル成型メーカーから直接発注を受ける元請的立場になったが、いずれにせよ被告と原告との間の大断加工の取引は、ボトルメーカー、その先の花王石鹸等の発注に依存し、被告に全く裁量の余地はなかった。

2  被告と原告との間の取引量は、ハミング製品そのものの販売量の増大にしたがって次第に増大していったが、昭和五三年一二月に至って凸版印刷がハミングラベル全体を凸版グループで行うことにしたため、昭和五四年一月以降は凸版グループからのハミングラベル印刷加工の受注は一切なくなり、僅かに凸版グループ外のボトル成型のメーカーからハミング(中)のラベル加工の発注があるだけとなった。

3  被告は凸版グループのハミングラベル外注取止めの措置を直前になって知り、直ちに原告に対し大断加工の発注量が減少することを説明した。

そして、被告は、原告の収入が極端に減少することを心配し、昭和五四年一月七日頃、原告に対し、凸版印刷に依頼して直接原告に大断加工を下請させるように取り計らう旨申し入れたが、原告から「凸版の仕事はしたくない」と申し向けられ拒絶された。

更に原告は、同年三月一五日頃、少量ではあるが被告が凸版グループ外のメーカーから引続き発注されていたハミング(中)の大断加工の受注も拒絶するに至ったため、原、被告間の取引は遂に途絶するに至ったものである。

4  以上のとおり、被告が原告に対するハミング(大)の大断加工の発注を中止したのは、被告の発注元から突然一方的に発注を取り止められたためであるからいわば不可抗力によるものというべきであり、被告は、それにもかかわらず、右取引の減少に対する代替措置として、原告に対し凸版印刷からの大断加工の下請を仲介する旨申し出るなどしたのであるから、被告は原告主張の信義誠実等の原則に照らしても、原告との取引中止につき何ら責に帰すべき点はない。

四  抗弁に対する被告の認否

抗弁事実及び主張は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原、被告間の取引の経緯について

請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告は、かねてから花王石鹸が発売していた衣類の柔軟仕上げ剤ハミングの裏ラベルの印刷加工を凸版印刷から受注下請していたが、昭和三九年頃、表ラベルの印刷加工をも受注することになった。凸版印刷は、その系列のボトル成型メーカーである凸版プラスチックから右ラベルの印刷加工を請負っていたものであるが、以後被告が凸版印刷に代って直接凸版プラスチックからそれを請負うことになった。

2  ところで、ハミングの裏ラベルはオフセット印刷、表ラベルはグラビア印刷で印刷加工されるものであるところ、被告はオフセット印刷のみを行っており、グラビア印刷などの巻取印刷は行っていなかったため、巻取印刷に特有な加工工程である大断加工を行う設備を持っていなかった。そこで被告は、裏ラベルの印刷加工のみを自社で行い、表ラベルのそれは全て外注しなければならなかった。そのため表ラベルのグラビア印刷は凸版印刷に発注し、次の工程である大断加工については凸版印刷の紹介で同社から右ラベルの大断加工を請負っていた原告と交渉し、引続き原告が右大断加工を一手に請負うことになった。

3  このようにして原告と被告との間で大断加工の取引が行われるようになり、ハミング製品の販売量の増加にしたがってその取引量も漸次増大し、昭和四六年頃には、原告の売上の八割方が被告から受注した大断加工で占められるに至り、その頃から原告は、専ら被告もしくは被告の紹介によって受注した大断加工を行うようになった。右被告からの受注量は月によって多少の増減があったもののほぼ一定数量で推移した。かくして原告は、昭和四六年頃から被告に専属し依存する下請業者として定着し、被告の発注に対応するため常に大断加工の機械等の設備を整え、従業員の確保などに努め、一つの流れ作業の如く凸版印刷から搬入された印刷物を被告の注文通り定められた納期までに大断加工し、立揃え包装して次の工程の打ち抜き加工業者に納入する請負加工を継続的に行っていた。なお原告が被告から受注していたのは殆んどハミングラベルのうちのハミング(大)であり、ハミング(中)は金額にして月三万円程度の少量にすぎなかった(以上の事実のうち、原、被告間で主にハミング(大)の大断加工の取引を昭和三九年頃から長年行っていたことは当事者間に争いがない)。

4  ところで被告は、昭和五三年七月頃、凸版印刷からハミングラベルの印刷加工を全て凸版グループ内で行うことになるので注文を打切ることになる旨その時期を明示されずに通告された。しかし被告は、凸版印刷から他にも各種の印刷加工を請負っていたところ、過去にも同じようなことがあったものの通告通り必ずしも常に発注を止められた訳でもなく半信半疑であったため、原告にはそのことを何ら知らせなかった。ところが、同年一二月末頃急激にハミング(大)の発注が減少し、同年末をもって凸版プラスチックから被告への発注が完全に途絶えるに至った。被告は、その際右発注の継続を凸版印刷に交渉すると、同社を硬化させ他の印刷加工の受注に波及することをおそれて、その交渉を行わなかったことが窺われる。

5  原告は、右のように大断加工の受注が急減したため、同年一二月末、被告の内田営業次長に面会し説明を求めたところ、同次長からハミング(大)の印刷加工は凸版にとられなくなる見込みであることを聞き、突然仕事がなくなることは死活問題であり、中継ぎに二、三か月余裕を与えるよう要請し、もし大断加工がだめなら原告方にスリッター機があるのでこれを活用できるように、スリット加工(印刷前はどの印刷方法でも行われる切断加工、グラビア印刷とシール印刷の一部は印刷後にも切断加工がなされる)の発注方を懇願した(大断加工が急減したこと、原告が被告に大断加工の代りにスリット加工の発注方を要請したことは当事者間に争いがない)が、内田次長はこれに対し極力努力する旨答えた。

6  原告は、翌昭和五四年一月八日、再び被告の常盤台工場長と宮沢作業課長に面談し、大断加工のなくなることを確認したうえ、是非ともスリット加工の仕事を回してくれるよう要請したところ、工場長らからその仕事はあると思うので本社の方とも打ち合わせし希望に添うよう取り計らいたい趣旨の回答を受けた。原告は、長年の被告との取引で被告を深く信頼していたことから、右被告担当者の言動により必らず発注を受けられるものと速断し、右発注を受けるにしてもスリッター機の修理を必要としたため、それ以上具体的な話をせず、直ちにその修理を業者に依頼し、取り敢えず受注できる体制を整えることにした。なお右一月八日の面談の際、原告の生活を心配した被告から、原告が良ければハミング(大)の大断加工を原告に回すよう凸版印刷にかけ合う旨の申出があったが、原告は凸版印刷の下請業者に対する態度に日頃不信を抱いていたため断った。こうして昭和五四年一月以降被告から原告に対するハミング(大)の大断加工の発注は完全になくなった(この点は当事者間に争いがない)。

7  原告はその後スリッター機のパンフレットを被告宛何通か送付し、スリット加工の受注に意欲のあることを示していたが、同年二月一〇日に至り、前記宮沢課長が被告の本社資材課に紹介するため工場長の指示で原告方にスリッター機の視察に訪れた(この点は当事者間に争いがない)。その際同課長は、原告に対しスリット加工は本社の資材課の方から間違いなく仕事を回してくれると思う旨話し、また原告に対しこれまで通り月二、三万円程度の凸版グループ外からの注文によるハミング(中)の大断加工があるのでこれを引続き請負うよう要請し、原告の承諾を得た。ところが、被告の資材課で被告に回すスリット加工の仕事が見付からなかったため、同年三月一五日頃、原告に対しスリット加工の仕事が見付からないので被告をあてにしないよう申し向けた。原告は、信頼を寄せて期待していた被告からスリット加工の発注を断わられたため憤慨し、前記ハミング(中)の大断加工の受注をも断わり、原告と被告の取引は完全に中止するに至った。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

二  本件スリット加工契約の成否について

原告は、前認定のハミング(大)の大断加工の受注がなくなった後、これに代替するものとして、昭和五四年二月一〇日、被告との間に本件スリット加工契約を締結した旨主張するので判断するに、《証拠省略》中には右主張に符合する部分も存するけれども、右供述は前掲証拠に照らし俄かに措信することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

却って、前認定の事実によると、原告から被告に対し、大断加工の代りにスリット加工の仕事を回してくれるようにとの強い要望が出されたのに対し、被告側からその要望に添うように努める旨、あるいは前の仕事を回せると思う旨の話がなされたにすぎなかたっものであり、そのやりとりの前後の事情をも合わせ考えると到底原告の主張するような内容のスリット加工についての下請契約が成立したものとは認め難い。

そうすると、本件スリット加工契約の成立を前提とする原告の損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるといわねばならない。

三  大断加工取引の中止による損害賠償請求について

1  前認定の事実によれば、原告と被告の間には、昭和四六年頃から原告が被告のハミングラベル印刷加工の加工体制に組み込まれて専属的にその一工程である大断加工を受持つ下請業者として、被告から継続的に毎月原告の売上げの八割方を占めるほぼ一定数量の発注を受け、納品するという継続的な取引関係にあったものということができ、しかも原告は、被告の発注に対応するため相当の投資をして大断加工に必要な機械設備、人員等の確保に努めてきたものということができるが、右のような取引関係に立つ当事者間においては、右のように受注者側がその受注のため相当の金銭的出捐等をなしている場合は、注文者は已むを得ない特段の事由がなければ、相当の予告期間を設けるか、または相当な損失補償をなさない限り一方的に取引を中止することは許されないと解するのが、公平の原則ないし信義誠実の原則に照らし相当である。

ところが、本件においては、ハミング(大)の大断加工の発注を中止するにあたって、被告から原告に対し何ら予告しなかったことは前認定のとおりであり、本件全証拠によるも損失補償をなした事実も認められない。

2  そこで、右取引中止に已むを得ない事由があるとの被告の抗弁について判断するに、被告が原告に対するハミング(大)の発注を中止したのは発注元の凸版プラスチックから発注がなくなったためであることは前認定のとおりであり、そのことだけからすれば已むを得ない事由があるように見えないでもない。

しかしながら前認定の事実によれば、被告は、右発注がなくなる六か月近く前の昭和五五年七月頃、凸版印刷からハミングラベルの印刷加工を凸版グループで全て行うことになっているため発注を打ち切ることになる旨通告されていたにもかかわらず、被告は他の同種事例から必ずしもその通り実行されることはないものと軽信して、このことを全く原告に知らせていなかったものであり、しかも被告は、その発注元に対し、原告等の下請のため、中継ぎに何か月かの猶予を与えるよう交渉した形跡も全くない。

そうすると、被告は、原告との取引を中止するにあたり予告期間を与えなかったことの責を免れることはできないものというべきである。

なお右取引を中止する際、被告が原告に対し凸版印刷の下請を紹介する旨申出たことは前認定のとおりであるが、原告本人尋問の結果によると、取引の諸々の条件が被告の場合と必ずしも同一でないことが認められるのであり、また原告に右紹介に応じなければならない義務があるとするのも適当でないから、右紹介の申出をもって予告期間ないし損失補償に代替する措置と認めることは相当でない。

してみると、被告が予告期間を与えずに一方的に取引を中止し得ると認めるに足りる已むを得ない特段の事由は認められないから、被告の抗弁は理由がない。

したがって、結局被告が予告期間を与えず一方的に原告に対する発注を取り止め取引を中止したことは不当であり、債務不履行として右取引を中止したことによって原告の蒙った損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

3  そこで、次に損害額について検討する。

《証拠省略》によれば、原告が被告から得ていた大断加工代金は、昭和五二年度総額二八九万八七七七円、昭和五三年度同二四八万六七一三円であり、右二年間における一か月平均の売上高は二二万四三九五円であること、この中にはハミング(中)の大断加工分が一か月三万円程度含まれていること(昭和五四年一月から四月までのハミング(中)の一か月平均売上高は七万五〇〇〇円余りであるが、それは例年よりかなり多いものと認められる)、さらにこれより諸経費(昭和五二年度及び昭和五三年度の確定申告書による諸経費の総売上高に占める割合は年平均五三・五パーセント)を差引くと、原告のハミング(大)大断加工の純利益は計算上一か月一〇万四〇〇〇円となること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、《証拠省略》によると、印刷業界は凸版印刷、大日本印刷の二大メーカーに系列化されていて、他の系列に割込み受注を受けることは困難であること、同じ系列でも新規受注は容易でないことが認められないではないが、一方前認定の事実によれば、被告は原告に対し凸版印刷の下請を紹介する旨申出ているところ、《証拠省略》によれば、被告の紹介があれば、受注の条件につきあれこれ注文がない限り比較的容易に受注が得られることが認められるのであり、また《証拠省略》により認められる、原告の父が昭和五四年八月に病気に倒れ、それ以後その看病のため原告において大断加工を受注し得る状況にないこと、前認定のとおり被告が発注元から発注取り止めの通告を受けたのは発注取り止めの約六か月前であったことなどの事情を合わせると、被告から一方的に取引を中止されたことにより原告が得べかりし利益を喪失したと認められるのは、昭和五四年一月から六か月間とみるのを相当とするから、結局金六二万四〇〇〇円の損害を蒙ったものということができる。

なお原告は、スリッター機の修理費用についてもその損害賠償を請求するけれども、その修理は、前認定のように原告においてスリット加工を受注できるものと軽信したことによるものであり、大断加工の取引の中止とは相当因果関係がないから、右請求は失当である。

4  そうすると、被告は原告に対し、右金六二万四〇〇〇円とこれに対する昭和五四年八月七日から商事法定利率年六分の割合による金員の支払義務があるということができる。

四  以上の次第で、原告の請求は右限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木寅男)

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